大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2685号 判決

原告 小林進太郎

被告 田中寛子 外一名

主文

被告田中寛子は、別紙物件目録記載の建物につき原告のため昭和三十三年五月六日売買に基く、所有権移転登記手続をせよ。

被告株式会社鎧屋に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告と被告田中寛子との間においては原告に生した費用を二分し、その一を被告田中寛子の負担としその余は各自の負担とし原告と被告株式会社鎧屋との間においては全部原告の負担とする。

事実

第一原告の主張

原告訴訟代理人は「主文第一項同旨の判決および被告株式会社鎧屋は別紙物件目録記載の建物につき別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、

その請求原因として、つぎのとおり述べた。

一、原告は昭和二十三年二月十八日、訴外峯島合資会社から中央区日本橋人形町二丁目二番地三宅地二十二坪一勺を買い受け所有権を取得した。しかして右宅地上には訴外土橋省吾が別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を所有し、訴外峯島合資会社から右宅地を賃借していたので原告は賃貸人の地位を承継した。その後訴外土橋省吾は訴外朴燦一に同朴は訴外須本長次郎にそれぞれ原告の承諾をえて右宅地賃借権を譲渡したが、訴外須本は、昭和二十九年五月一日本件建物を被告田中寛子(以下被告田中という)に売り渡し、原告の承諾をえないで同被告に右宅地賃借権を譲渡した。従つて被告田中は右宅地を不法に占有するものということができるから同被告に対して本件建物を収去して右宅地を明け渡すよう訴(東京地方裁判所昭和二十九年(ワ)第八五〇三号)を提起し、原告勝訴の判決をえたが、同被告が控訴した為控訴審に係属中(東京高等裁判所昭和三十一年(ネ)第六八八号)、被告田中は昭和三十三年五月六日の口頭弁論期日に於いて原告が本件建物の敷地の賃借権譲渡を承諾しないことを理由として借地法に基き本件建物を買い取るべきことを請求し、右控訴審の判決において右買取請求を認め売買代金を三十九万八百七十円と認めた上、被告田中は右金額の支払いを受けるのと引換えに本件建物の引渡並びに敷地の明渡義務を認め右判決は同年八月八日確定した。

二、原告は、右訴訟を提起する際、被告田中に対し本件建物につき、譲渡、質権、抵当権賃借権の設定其の他一切の処分をしてはならないとの仮処分申請をなし昭和二十九年七月二十七日その旨の決定(東京地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第六一九二号)をえ、同日登記を完了した。しかるに被告株式会社鎧屋(以下被告会社という)は、昭和三十一年十月四日本件建物につき別紙登記目録記載の登記をなしたが、右登記は右処分禁止の仮処分に違反するもので、原告に対抗することが出来ないものである。

三、よつて、被告田中に対しては、請求原因第一項の昭和三十三年五月六日付売買に基き本件建物所有権移転登記手続を求め、被告会社に対しては前項の仮処分に違反する、昭和三十一年十月四日受付の別紙登記目録記載の登記の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。

以上のとおり述べた。

第二被告の主張

被告ら訴訟代理人は「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、第一項は不知、第二項中、被告会社が本件建物につき原告主張のごとき登記手続を経たことは認めるが、その余は不知と述べた。

第三立証〈省略〉

理由

一、先ず被告田中に対する請求につき判断するにその方式および趣旨により公務員が職務上作成したと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証から第三号証によれば原告が請求原因第一項において主張する事実を肯認することができる。そうすると原告は昭和三十三年五月六日被告田中との間に売買によつて本件建物の所有権を取得したものと認むべきであるから被告田中に対し本件建物の所有権移転登記手続を求める請求は理由がある。

二、次に、被告会社に対する請求につき判断するに、

前掲甲号各証によれば原告は本件建物収去土地明渡請求訴訟の執行保全の為昭和二十九年七月二十七日、被告に対し本件建物につき譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁止する仮処分決定(東京地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第六一九二号)をえ、同日右仮処分登記を経たこと並びに本件建物につき被告田中と被告会社との間に、昭和二十九年六月一日被告田中が借入金八十万円を昭和三十二年五月三十一日までに弁済しないときは代物弁済として所有権を移転する旨の代物弁済予約契約及び賃料一ケ月六千円毎月末日払、期間三年とし、被告会社は賃借権を譲渡し転貸することができる旨の賃貸借予約契約を締結し被告会社の為に昭和三十一年十月四日所有権移転請求権保全仮登記及び賃借権設定請求権保全仮登記の各手続をなしたことがそれぞれ認められる。

右認定事実に徴すると、被告田中の被告会社に対する代物弁済予約並びに賃貸借予約の各契約の締結は右処分禁止の仮処分前になされているが、被告会社の為の右契約に基く権利取得の各登記は仮処分後になされていることが認められるから被告田中は右契約に基く権利取得を以て、仮処分権利者たる原告に対抗しえないことは明らかである。従つて原告は本案訴訟たる前掲建物収去土地明渡請求事件の勝訴の確定判決(予備的請求につき認容され、原告は、被告田中に対し三十九万八百七十円の支払いと引換えに、本件建物の引渡を求めうる)に基き本件建物引渡しの執行をなすに際して、被告会社の前記各権利を否定して被告田中に対し直接引渡執行をなしうることは云うまでもないが、進んで被告会社に対し右権利取得の登記の抹消を求めうるか否かについては右確定判決は原告が本件建物の所有権を有することにつき既判力がなく執行保全を目的とする仮処分自体の効力に基いて抹消を求めることはもとより許されないから消極に解するのが相当である。(前記引渡執行が終了したことにつき反証がなく、仮処分登記が残存しているから仮処分の効力は尚存続しているものと認める)

尚被告会社に対する前記各登記の抹消登記請求を、被告田中に対する本件建物所有権移転登記請求の勝訴の確定判決を条件とした広い意味における将来の給付の請求と解するとしても、登記手続上は処分禁止の仮処分権利者が所有権移転登記申請と同時になす場合に仮処分権利者単独で仮処分後設定された登記を抹消しうることとされているから(昭和二八・一一・二一法務省民事甲二一六四号局長通達)右仮処分は本来建物収去土地明渡請求権(予備的に建物引渡請求権)を被保全権利とするものであるが、右仮処分登記には被保全権利を各別表示しないから原告が被告田中に対する本件建物所有権移転登記請求訴訟において勝訴の確定判決をえた場合には右仮処分の効力が存続しているかぎり右登記手続上の取扱いに従つて、被告会社の前記各登記を抹消しうるものと解することができるから本訴において予めこれを求める利益は存しないものというべきである。

そうすると原告の被告田中に対する所有権移転登記請求の部分は正当であるからこれを認容することとし、被告会社に対する前記各登記の抹消登記請求の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を適用した上主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺博介)

物件目録

中央区日本橋人形町弐丁目弐番地弐 建坪 六坪

家屋番号 同町九九番ノ弐 二階 五坪参合

一、木造瓦葺弐階建店舗兼住宅 壱棟

建坪 六坪

二階 五坪参合

登記目録

一、所有権移転請求権保全仮登記

昭和参拾壱年拾月四日東京法務局受附

第壱五参八八号

原因 昭和弐九年六月壱日代物弁済予約

(昭和弐九年六月壱日貸付けた金八拾万円也を昭和参拾弐年五月末日迄に弁済しないときは代物弁済として所有権を移転する)

権利者 中央区日本橋茅場町壱丁目拾八番地

株式会社 鎧屋

二、賃借権設定請求保全仮登記

昭和参拾壱年拾月四日東京法務局受附

第壱五参八九号

原因 昭和弐九年六月壱日賃貸借予約

権利者 中央区日本橋茅場町壱丁目拾八番地

株式会社 鎧屋

借賃 壱ケ月 六千円也

借賃支払時期 毎月末日

存続期間 満参ケ年

特約 賃借権を移転し又は賃借物を転貸することができる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例